稲盛和夫メッセージ

第1回「稲盛和夫研究会」の開催にあたって

本日は、日本の経営史研究の先頭に立たれる宮本又郎先生はじめ、経営学の各研究分野で中心になって活躍しておられる先生方にお集まりいただき、第1回「稲盛和夫研究会」を開催いただきますこと、たいへん光栄に存じますとともに恐縮いたしております。

もともと私は、技術者として人生を歩み始めたものの、支援して下さる方々に京セラをつくっていただき、以来、経営者として全従業員の幸福を実現すべく、事業の発展に邁進してまいりました。またその後、通信の自由化に際し、国民のため安価な通信料金を実現すべく、第二電電(現KDDI)を設立し、その成長発展に努めてまいりました。近年では、日本政府の要請を受け、破綻した日本航空の再建にも従事してまいりました。

振り返れば、それらの企業で私が経営にあたった半世紀は、激動と呼ぶにふさわしい、変化に富んだ時代でありました。オイルショックに始まり、プラザ合意後の急激な円高、さらにはバブル崩壊など、様々な経済変動が襲い来る中、日進月歩で技術革新や社会変革、またグローバル化が進み、私が身を置いたエレクトロニクス業界はじめ日本の産業界は、大きく構造変化を遂げていきました。

その中で、経営の舵取りにあたる私の前には、企業の命運を左右する重大案件が、日々、次から次へと押し寄せてまいりました。私は襲い来る経営課題に真正面から対峙するとともに、一つ一つの案件をものごとの本質に立ち返り考え尽くすこと、また自らの経営哲学に照らし、人間として正しい判断を下すことに努めてまいりました。

その結果、幾多の企業が栄枯盛衰を繰り返し、歴史ある大企業さえ淘汰されていく中にあって、私が経営に関与した企業はすべて、順調に成長発展を遂げ、また企業再生を果たし、現在もさらなる事業拡大をめざし、企業活動を続けています。

このような私の経営を捉え、多くの人が高く評価下さり、ときに経営の奇跡とまで讃えて下さいます。しかし私は、自分の経営とは、天が「知恵の蔵」を開いてくれたからこそ、できたことだと考えています。つまり、社員のため、社会のため、無心に経営に打ち込む私を天が憐み、経営の原理原則が詰まった天の蔵を開いてくれ、私はただ、その天が指し示す経営のあるべき道を、素直に歩んできたに過ぎないと思うのです。

現在、私がそのように判断を下すにあたり、一つ一つ目を通し、ときに見解を記していった経営資料は、稲盛ライブラリーにすべて保管されています。また、中小企業の経営者の皆さんに背中を押されるようにして、36年間にもわたり、自らの経営の考え方やあり方、さらには具体的な経営手法までをも説いてきた、膨大な盛和塾の記録もすべて、稲盛ライブラリーに託しています。

それら私が残してきた資料は、経営を通じて、企業に集う多くの従業員、また社会に住まう人々の物心両面の幸福を追求しようとしてきた、私の人生と経営の記録でありますが、それは私個人や一企業に留めるべきものではないと考えています。

私が多くの人々や社会から支援をいただき、今日があるように、これからの日本、いや世界の産業界を担う経営者をはじめ、広く社会で活用いただくべきものと考えています。また、私自身が経営の現場で実践してきたものだけに、経営に呻吟する経営者にとって、必ずや道標になるものと考えています。

しかし、社会で広く、また後世まで長く活用いただくには、膨大な資料を科学的に整理分類し、また分析研究することが必要になります。このたび発足する「稲盛和夫研究会」が、私が残してきた膨大な経営資料を、経営学はじめ幅広い学術分野で研究にあたる先生方の手で、広く社会に資するよう、活用いただきますなら誠に幸いに存じます。

可能な限り私の残した資料に触れていただき、私の経営の考え方、また具体的な経営手法を、学術的に研究、分析いただきたいと思います。それが、私が半世紀以上にわたり取り組んでまいりました経営を、個人の「奇跡」ではなく、経営に携わるすべての人々が活かすことができる「原理原則」とすることになるものと信じています。

現在、人類は、悪化する地球環境、対立を深める国際関係、頻発する地域紛争、拡大する所得格差、荒廃する倫理道徳など、様々な課題とともにあります。これらわれわれの前に立ち塞がる難題の根底には、すべて際限のない人間の欲望があります。今後、人類は、利己の心に端を発した悪しき欲望を抑制し、利他の心をベースとした美しく善き価値観に転換していかなければ、滅亡の危機にあることを危惧いたします。

望むらくは、「稲盛和夫研究会」において、問題意識と志を共有する先生方の手で、私の経営資料をひもといていただくことを通じ、利他の心が持つ素晴らしい力を社会に提起し、未来の社会をよりよき方向に変革していく契機としていただきますなら、誠に幸いに存じます。

この第1回「稲盛和夫研究会」が、ご参加いただいた先生方の研究活動を大いに促進するものでありますとともに、日本の産業界のさらなる発展、またひいては人類、社会の進歩発展に貢献するという道のりへの確かな一歩となりますことを祈念申し上げ、開会に向けたご挨拶とさせていただきます。

2020年8月8日
京セラ株式会社名誉会長
稲盛和夫

トップへ